よみコミ!

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漫画の感想ブログ。メジャーなものから隠れた良作まで幅広く読んでいます。誰かの新しい漫画の出会いの場になれば幸いです。

『ここは今から倫理です。』これは生きるための教科書



『ここは今から倫理です。』1巻が発売されました。今回はその感想・レビューです。
雑誌で単行本の1話目にあたる読み切りが掲載されたときからずっと注目していて、単行本になって改めて読み返して、また何度も心動かされました。

こちらの記事では単行本未発売の中からこれはヒットして欲しいと思った面白い作品を紹介しています。
その中でも一番大好きな作品として色んな人に読んでもらいたく、ひと際大きな文字で紹介していました。


作者の雨瀬シオリ先生はテレビアニメ化もされたラグビー漫画『ALL OUT!!』でご存知の方もいると思われますがフェチがすごい方ですよね。
どうやったら男キャラでこんなに色気が出るんだと『ALL OUT!!』を初めて読んだときはびっくりした記憶があります。

本作の主人公・高柳先生も「男なの!?」と戸惑った人が多分いたと思います。
なんていったらいいんでしょうね。ダイレクトな表現を使うとエロい。
これすごく共感した人もいれば、全くピンとこない人もいるようです。
この作品を知ってる知り合いがいればエロいかエロくないか質問するのもいいかもしれませんね。

さてそんな雨瀬先生が集英社グランドジャンププレミアムで隔月連載で始まった『ここは今から倫理です。』はそんなフェチ心をくすぐる作風はそのままに、珍しい倫理をテーマにした教師物です。

倫理というとあまり馴染みのない人もいると思いますが、難しく考える必要は全くありません。
なぜ生きないといけないのか、怒ってもいいことなんてないのにどうして怒ってしまうのか、ふとした瞬間に考えることありますよね。
そんな答えのない問いと向かい合うようなどちらかというと哲学のような話です。

 

あらすじ

少し刺激的な冒頭シーンのあと始まる倫理の授業は「学ばなくても将来困ることは ほぼ無い学問」という第一声から始まります。

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ではどんなときに倫理の知識が役に立つのか。
それは「死が近づいた時」「幸せとは何かを考える時」「よりよい生き方を考える時」etc…

社会に出てその知識で何かツブシが効く訳でもなく、得をする訳でもないけれど、いつか役に立つかもしれない。
そんな倫理の教えを交えながら生徒一人一人と向き合っていく授業が始まります。

 

その言葉は振り絞るように

倫理がテーマとなると小難しい説教や高説や垂れてくるのではという不信感を持つ人もいると思いますが、そんなことは一切ありません。
また、教師物でイメージするような破天荒な行動で状況を打開するわけでも、溢れ出る情熱で生徒を引っ張っていくわけでもありません。

ではなぜそんな先生に作中の生徒たちは影響され、読者もまた心打たれるのか。
それは高柳先生がなんでも解決できるスーパーマンではなく、不完全な人間だと自覚しているからこそ、振り絞るように言葉を紡ぐ点にあります

 

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理解できない・初めて出会った物事に対して、人はときに不躾な態度を取ることがあります。
そうした物事に対して冷静に対応できる懐の深さ教養を感じさせる言葉の力強さ、どれをとっても見習いたいことだらけでした。
そしてそれが先天的なものではなく、後天的なものではないのかと思わせるミステリアスな影。これが彼の一挙手一投足に目を向けさせるのです。

P179「きっと先生は、今までたくさん愛されてきたんだね」この台詞のあとの物憂げな表情に彼の過去を垣間見ます。
若々しくもどこか達観しているような、だけどふとした瞬間に折れそうなその表情の背景にはいったいどんな人生があったのか気になりました。

 

 

「いい先生」ではないけれど

成長するにつれて人は自我を持ち、次第に主義主張を持ち始めます。
その中で時に考え方の違いから争いがしばしば起こります。

第3話で登場する生徒・谷口は、過去いじめられた経験から「いじめられっこに寄り添える先生になりたい」と決意し、その理想像として高柳先生に目を付けます。

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ここで質問です。
いい先生とはどんな先生ですか?
この質問をされたとき、あなたはどんな回答をするでしょうか。

「頼りがいのある先生」「分かりやすい授業で成績が上がる先生」もいい先生です。
前向きでない見方で考えれば「単位の取得が楽な先生」なんかも(都合の)いい先生でした。
おそらく回答は様々でしょう。

そんな中で高柳先生は自らを「いい先生ではない」と主張しています。
確かに分かりやすい授業をするわけでも、困ったときに正しい道を教えてくれる頼れる先生でもない。一見見下しているような表情で生徒と接するため悪い印象を持つ人もいるでしょう。

そういう意味で決して「いい先生」ではありません。
ただ大人になっておもうのは、迷った時に導いてくれる人も偉大だが、共に迷ってくれる人も偉大だということです。

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『ここは今から倫理です。』はGTOスクールウォーズのような不可能を可能に変えるような求心力をもった先生が多くの悩める生徒を救っていくような明朗快活なストーリーではありません。
そういう意味では創作の教師物で真っ先に思い浮かぶ理想の「いい先生」ではないかもしれません。

しかし高柳先生にも素晴らしい部分があります。
それは自ら通った道をなぞらせるのではなく、
生徒一人一人に歩む道があることを教えることにあります。
手を引っ張ってくれるような先生ではないけれど、歩んだことのない暗い道で一歩を踏み出すのに戸惑う生徒がいるのなら、ほんの少しの灯かりで手助けをする。そんな先生なのです。

「そんな中途半端なことをせずちゃんと問題解決してくれ」と思う読者もおそらくいるかもしれません。
しかし誰かに頼りながら過ごしてきた生徒も、いつか自分の力で歩まないといけないときはやってきます。

そんなときに「自らの意志」で「正しい道」を歩もうとした生徒と、
自分の力で歩まないといけないのに「誰かに指図されて」「正しいであろう道」を歩む生徒。
進む道のりは同じでもその先に映る景色は全く異なるはずです。

だから高柳先生と関わった生徒は自然とこんな風に考えます。
「いい先生ではないけれど」「こんな先生もいいかもしれない」
彼はそんな不思議な魅力に溢れています。


おわりに

倫理というテーマでも決して小難しい話ではない。と冒頭で言いましたが読めば読むほど倫理ってなんだ?と考えてしまうのでやはり難しい話なのかもしれません。
だけどそれもまた面白いことだと思っています。

4話でソクラテスの「無知の知」が紹介されていましたが、知らない・分からないということは悪いことではありません。
「知らないのに知ったふりをする」「知らないことを追い求めず平気で暮らす事が悪」と作中で述べられています。

今、この作品がとても面白いと感じているのに、魅力を伝えようとするほどこれがどういう気持ちなのか分からなくて何度も修正しています。
とりあえず分からないことをそのまま放置することは止められたから高柳先生の教えが役に立ってる!などと自らを正当化していますが倫理をもう一度勉強する必要はあると痛感しています。

ただ一つ間違いなく言えることは、この漫画と出会えて本当に良かったという気持ちに嘘偽りがないことです。

まだまだ自分の知らない新しいテーマが潜んでいること。生きるために必死でもがいている人の存在がいること。
いつか身近な人が悩んでいるときに、自身に絶望が訪れたときに、倫理を考える瞬間はやってきます。
そのときにこの漫画のことをふと思い出して救われるかもしれません。 

完全に他人の気持ちを理解することはできなくても、分かろうとする気持ちがあれば救われることがあります。
分かろうとする気持ちがあれば、直接的でなくとも間接的にその人を助けることができるかもしれません。

『ここは今から倫理です。』はこれまで知らなかった考え方を押し付けるのではなく、読者にいつか役立つかもしれない「可能性」を投げかけてきます。

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読めば魂がより良くなるなんて絶対の自信はないけれど、きっかけにはなるかもしれない。そんな「より良い生き方への可能性」を高柳先生は教えてくれます。

この作品をきっかけに「自分なりのアレテ―」を考えてみるのもいいかもしれません。
信号を守るでも、挨拶を心掛けるでも本当に些細なことであっても積み重ねることで何かいいことがあるかもしれません。
そんな可能性に溢れた『ここは今から倫理です。』
傑作になる予感を大いに感じさせる1巻でした。おすすめの一作です。

grandjump.shueisha.co.jp